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第1回 後編 たかはしよしこ/料理家

幼い頃は、大好きなお姉さんと、お店を開くのが夢だったよしこさん。 恩師に頼まれ、飲食でアルバイトしたことをきっかけに、食の世界へ飛びこんだ前編。 後編では、移住した美瑛での田舎暮らし、意識の変化について伺いました。

春夏秋冬、めぐりくる季節のように
降りかかってきたことを跳ねのけず
心が動く方へ、のびやかに身を委ねて
ただただ自然の流れにのっています

義祖父であり、美瑛の自然を撮り続けた風景写真家・前田真三の写真ギャラリー『拓真館』をリニューアルすべく、2019年、白樺回廊に囲まれた森へ移住。

なだらかな丘と雄大な自然が広がり、牧歌的な時が流れる美瑛は、今までよしこさんが憧れ、旅してきたヨーロッパの田舎町に似ていたのだそう。

「毎年、夏は家族で旅に出ないと気がすまなかったのに、今は目の前に森があり、ここにいるだけでリフレッシュできる環境になりました。今までの人生で木を植えたことなんてなかったけれど、美瑛に来てからは、畑に種を蒔き、苗木や果樹を植え、それがこの土地で育ち、実になっていく。

種1粒、苗木1本からにょきにょき大きく育っていく様が、子どもの成長にも似ているなあと。 自然の循環、植物の生命力を目の当たりにして、毎日感動しています」

自然の恩恵を肌で感じ、感謝しながら暮らす日々は、なんとも尊く、美しい。

「どんどん実がなって、収穫して、季節が変わっていく。都会では旬の食材を必死で探して、取り寄せて料理をしていたのに、今は目の前の、季節に追いかけられている。今までとは変わってしまったけれど、それが楽しいし、嬉しい」

美瑛の冬は雪に覆われて、食物が育たない。夏、いかに頑張り、保存食を備えるかで冬の豊かさが変わってくる。便利な都会生活から一変した。

ただそこにある現実をポジティブに受けとめ、変わることを恐れず、新しい喜びを見出す。彼女のエネルギーは、どこから生まれてくるのだろう。

「美瑛でお店を開いたのは、この場所に新しい風を吹きこみ、『拓真館』を盛り上げて、後世に残すための第一歩。なので、今、目の前に降りかかってきたことを跳ねのけず、自分がやりたいか らやるのではなく、家族のためにやるというか。この森を残したくて、景さん(旦那様)も立ち上がって頑張っている。私もその力になりたいと思ったんです」

よしこさん夫婦が習慣にしているのは、生きるうえで大切な“自然の流れ”にのること。

「心が動く方に進んでいるだけ。嫌だったらやらない。景さんと意見がぶつかることもあるけれど、『よっちゃん、それキツくなるな、やめよ。やっぱ、よっちゃんが楽しくないと』という感じで、考えてくれる。なので、あまり重く受け止めず、やってみるかという感じで、今は自然の流れにのっています」

大きな決断と捉えず、まずはやってみることで、毎日はよりシンプルに進んでいくのかもしれない。

「今、美瑛にいて、『拓真館』があって、自分たちの生活があって、新しい自分の店もできたけれど、あまりガチガチに決めずにいきたいです。今日、この森にあるものは、これだよ、って。そこも含めて、来てくれた方に楽しんでもらえたら。美瑛に来て、自然を感じて、ごはんを食べて、飲んで、心地よく暮らしている我が家にちょっと寄ってもらった、みたいなコンセプトでいけたらいいですね。ふつうのお店じゃないかもしれないけれど、とりあえず気持ちいいよ、って」

よしこさんには、もうひとつ、夢がある。

「ゆくゆくは、もうちょっと子どもたちも楽しめる場所にしたいです。3年前に他界した大好きな姉と、木の上に小屋を建てて、そこに絵本部屋を作りたいね、と語り合ったことがあって。木登りってすごく楽しいから、登った先に絵本部屋があったらワクワクするだろうね、と。 姉が最後まで子どもたちに読んでいた絵本は、ぜんぶ受け取っているんです。もうボロボロの絵本もあるけど、それをツリーハウスに置くことができたら、姉との夢が叶う。美瑛に来て、その夢への一歩を踏み出せた気がします」

地に足をつけ、好きなことを純粋に楽しむ暮らしは、生き生きとして眩く、ちいさな感動に満ち溢れている。そしてそれは特別なことではなく、私たちの日常にも転がっているのだ。

まるで食材が笑っているように美しく、滋味深い料理は、自然の声に耳を傾けながら、今を大切に生きるよしこさんの人柄そのもの。彼女の澄みきった感性から生まれる食は、訪れたひとをみな笑顔へと導いてゆく。

たかはしよしこ

1979年兵庫県生まれ
北海道・美瑛町在住
料理家

生産者と食べるひとの架け橋になることが信条。世 界中、東西南北のさまざまな味の記憶から紡がれる 料理は、多くのひとを魅了している。ナッツやスパイ スをブレンドした野菜をもりもり食べたくなるオリ ジナル万能調味料「エジプト塩」は、常備しておくと 便利な逸品。手土産としても喜ばれている。

Photo : Kei Maeda
Edit&Text : Narumi Kuroki (RCKT/Rocket Company*)

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