Lifestyle of Esko & Japana

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オーナーであるエスコとヤーナが住むラプアの町は、
ヘルシンキから列車で北上すること約4時間。
ポホヤンマー(「底の国」または「北の国」)と呼ばれる、
まるで鍋底のようにまっ平らな地形で自然豊かな地域にあります。
二人の温かなもてなしで始終笑いが絶えない時間を過ごしました。


 ラプアン カンクリはフィンランドの人なら誰もが知っているテキスタイルメーカー。「ラプアンの織り手たち」という素朴で率直なネーミングにも、誠実なフィンランドの気質を感じます。そのストーリーは約100年前に幕を開けました。1917年にエスコの曾祖父が廃材と手拠りの毛糸でフェルトブーツを作る会社を設立したのがきっかけです。当時は貧しく、物資のない時代。何もないところからモノを生み出すことこそ想像力の賜物です。
 テキスタイルの家業を引き継いで4代目のエスコ・ヒェルトはテキスタイル産業を営む家に生まれ育ちました。 音を聞いただけで、機械の調子が分かるというエスコ。多くの人にとっては騒音でしかない音も、彼にとっては音楽のようだとか。リネンの織り技術について学び、いかに美しく生地の端(耳)を織れるかということを研究。それが現在の仕事に直接役立っているそう。「良いものを作りたい」という一心でエスコは日々試行錯誤を繰り返しています。
 パートナーのヤーナはエンジニアの仕事を退職し、エスコの事業に協力するためにラプアに戻ってきました。最初は田舎の習慣に少し戸惑ったという彼女。夕食の準備をしていると、近所の人が台所に上がったり、横に座っておしゃべりしたりすることも。町のカフェテリアを訪れれば、きっと同じような光景を目にすることでしょう(photo: a)。都会では滅多に見なくなったそんな暖かな交流が、ラプアには今でも残っているのです。
エスコとヤーナ、そして3人の子どもが暮らす家もラプアにあります(photo: b)。イギリスの高校に留学中の長女、そして歴史が大好きな双子の兄、エーロ君とスポーツマンの弟、エリアス君の5人家族。二人で多くの仕事をこなしながら、子どもたちにもしっかり愛情をかけて育てる様には脱帽するばかりです。ヤーナとエスコが仕事を頑張れるのも家族があるからこそ、と言います。世代を超えて受け継がれてきたものが、どんな風に変化していくのか今から楽しみです。

 今回の取材で印象に残ったことは、なんといってもこの2人の仕事に対する情熱。ラプアン カンクリが大切にしてきたことを二つ教えてくれました。
一つは専門知識を高めること。曾祖父の代から、生産するものの形は変わっても「質の良いものを作る」という根底に流れる価値観は変わりません。徹底的にこだわり抜いた素材を使って、息の長いテキスタイルを作り続けているのです。
 もう一つは家族経営であること。エスコが会社を引き継いだ当時は8名だった従業員も現在では20名に増えました。エスコにとって、ラプアン カンクリで働く人々は自分の家族のように大切な存在であり、従業員の子どもの名まえを全て覚えているといいます。
一日の中で、コーヒーブレイク(カハヴィタウコ)は大切な時間。ラプアン カンクリでは、毎朝9時のモーニングコーヒーで一日がスタートし、2時には午後のコーヒーブレイクをとり(photo: c)、皆で楽しいひとときを過ごすのだそうです。一日を共に過ごす仕事仲間はとても大切な存在なのです。
人とのつながりを大切にしながら、ラプアン カンクリは成長してきました。小さな町工場としてスタートしたラプアンカンクリの製品が世界中でファンを増やし続けている秘訣は、身近な人を大切にすることなのかもしれません。


profile.
島塚絵里Eri Shimatsuka

2007年に渡芬。アアルト大学でテキスタイルデザインを学び、2012年よりマリメッコにプリントデザインを提供。フィンランドの魅力を伝えるべく、デザインの他、執筆やコーディネートにも携わる。

www.erishimatsuka.com

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